「……で、何なんだよ、そいつ?」
ひととおりの挨拶が終わったところで、パールはダイヤの顔をした女の子、プラチナに初めて会ったときから気になっていたことを尋ねてみた。
それというのは、彼女が連れていた半透明なラムネ色のポケモン。
いや、ポケモンと言っていいのかも怪しい。 試しにパールのポケモン図鑑を向けてみたが、姿以外は、名前すらも表示されないありさまだ。
「マーナフィ?」
「あたしにもわかんない。 気が付いたらもう近くにいたの。
……お兄ちゃんなら知ってるかな?」
「『お兄ちゃん』って師匠のことか?」
「『師匠』ってカヅキお兄ちゃんのこと?」
質問を出し合って関係性を確認しあう。
奇妙なことに、プラチナが話す彼女の人間関係は、彼女自身の部分を除いてほとんどがダイヤのそれと一致していた。
気味の悪いことに、彼女の知る別の『ジュンちゃん』もいるらしい。
パールはプラチナの腕に抱かれているラムネ色のポケモンを見つめたまま、大きく息を吐いて身体を後ろにそらした。
途端、目の前に火花が弾け、後頭部に衝撃が走る。
扉を開けたカヅキは「ゴン」という鈍い音に、半開きの扉に手を添えたまま固まっていた。
「ご、ごめん! 何にぶつかって……ジュン!?
ごめんごめん! ケガは?」
「This world is mine!!」
真っ赤な目を見開いたまま、うずくまったパールの金髪に右手を添えていたプラチナが固まった。
怒鳴りかけてきたパールがプラチナの顔を見て、プラチナと同じ顔をする。
「は。」
「???」
ラムネ色のポケモンがケラケラと笑う。
パールは口を開けたまま控え室の壁一面に張られた大きな鏡へと視線を移すと、甲高い声で悲鳴をあげた。
同じ頃、人気のなくなったステージの裏でコンテストの司会をしていた女性は若い男と対峙していた。
女性は、長いドレスのすそを整えるとはちみつの色をした瞳で相手を見つめる。
「……まさか、またあなたに会うなんてね。」
若い男は眉を潜める。 男がアゴに手をかけると、べりべりと音をたて頬から肉が離れた。
かりそめの顔を脱ぎ捨てると、改めて男は女を睨みつける。
「ヴィーナス。 この世界に何の用だ。」
「あーら? 先に来ていたあなたに言われたくないわね。
ユートピアを目指していたのはお互い様じゃなくて?」
「俺が、何も知らないとでも思っているのか。」
男は金色の瞳を細めると、取り外したモンスターボールからポケモンを呼び出した。
床の木目に無数のモンスターボールが転がり、丸腰となった女性に薄紫色のポケモンが睨みをきかせる。
しんと静まり返ったステージの上で、女性は床のモンスターボールと、男のポケモンを見比べると突然笑い出した。
薄紫色のポケモンが姿勢を低くする。
大きく両手を広げ、男の方へと向き直ると女性はそのままの体勢で停止した。
「何がおかしい!」
薄紫色のポケモンが構えていた尻尾を突き出すと、女性は「ひっ」と小さく声をあげた。
男の瞳から金色の光が覗く。
「な……」
「?」
「なんだってんだよー!?」
「お兄ちゃん、パールがおかしくなっちゃった!!」
「うん、見ればわかる! とにかくジュンを……その人を落ち着かせて!」
「フィー!」
理解できない言語で叫ぶパールの両手をプラチナはつかんで自分の手で握りこんだ。
髪をふり乱したパールは大げさな動きでカヅキとプラチナへと振り返ると、小さなプラチナの手を握り返し一気にまくしたてる。
「ドウシタンデスカ!? ワタシ、ドコデスカ!?
ウツクシクナイ、ウツクシクナイ…… There is not my significance of being……」
身体にすがりつこうとするパールの肩を押しとどめると、プラチナは視線でカヅキに助けを求める。
カヅキは頭の後ろをかくと、うなり声をあげた。
「えっと、その外国なまり……メリッサさん?」
「No! チガイマス! ワタシ、ヴィーナスデス!!」
叫んだパールにプラチナとカヅキは再び顔を見合わせる。
そういえば、いた。 コンテストのときに、外国なまりの司会者が。
ともかくこれで確定した。 パールはその人と入れ替わってしまったのだ。
カヅキがヴィーナスと名乗るパールの姿をした誰かを立たせると、3人はコンテストホールの方へと向かう。
バタバタという6つの足音と、ケラケラ笑うラムネ色のポケモンの鳴き声が細い廊下の奥に響き渡った。
「……なんか向こうの控え室、騒がしいね?」
さらりとした細い茶髪にクシを滑らせながら、ルビーは扉の向こうに横目を向ける。
その真正面の椅子には、同じ年頃の男性が膝に手を乗せたまま眉を吊り上げている。
「そげなこと言っとる場合やなか! 正体隠して行動する予定やったろ?
なして、出ないはずのコンテスト勝手に出とるん? しかもフィーネまで出して!」
「だぁって、あの子可哀想だったじゃないか。 真っ白な顔して、ステージに立たされたのだってあたしのせいだしさ。
それでも懸命に会場を盛り上げようとしてたのに、放っておけないよ。」
「それは、そうやけど……」
淡々と耳にあいた穴に赤いピアスを通す彼女に、男性はくちごもる。
薄いメイクを直すと、女性は脇に置いていたモンスターボールを元通りホルダーに取り付けながら塗り終えたばかりの口紅で微笑んだ。
「牽制にはなったろ? 正体がバレたのはあたしだけなんだしさ。」
「それも通らんて…… ポケモンリーグの一件から、ずーっとワシとルビーはセットって思われとるやなかか。」
「『あたしと』、サファイアがセット、だろ?」
とんだ自意識過剰だが、サファイアと呼ばれた男性は否定しなかった。
ため息も出ない静寂にルビーは立ち上がると、少ない荷物を持って控え室の出入り口へと向かう。
男性は机に突っ伏したままだった。
「ホラ、サファイア行くよ。 早いところレオたちと合流しないと。」
「くぺ。」
「……『くぺ』?」
返事としてはあり得ない単語に、ルビーは振り返る。
両手の爪の先でカリカリと机の表面をひっかくと、サファイアは両足を地面から離した体勢のまま椅子からずり落ち、床の上を転げまわった。
ルビーの整った顔が引きつり、こめかみに青筋が立つ。
厄介なことになってしまった。
地図と街角にある標識を見比べながら、ナナカマド博士の助手、ハマナはため息をついていた。
すっかり迷子になってしまっている。 お昼には博士が連絡しておいたカヅキやアヤコたちと会う予定なのに。
20も過ぎたすっかり大人の身分で通行人に道を尋ねる勇気もなく、地図を片手にそう複雑でもないはずのヨスガの街と格闘していると、ふと落ちてきた影にハマナは顔を上げた。
「えっ?」
予報では今日の天気は一日晴れ。 人工物しかない街中で、太陽の光をさえぎるものなどあったろうか。
そう思って細めた目を開けてみると、すぐ近くで視界をふさぐ壁に、ハマナは小さく悲鳴をあげる。
確か、自分はどこかの建物の裏手にいたはず。
あり得ない。 そう思ってハマナは突然放り込まれた部屋の中に視線を動かすと、部屋の隅にいた人物と視線が合って先ほどよりも大きな悲鳴をあげる。
「……どうしました?」
「りっ、りりり、理事長!?」
部屋の隅にいた老人は片眉を上げた。
その人物こそ、全てのポケモントレーナーを統括するポケモンリーグ協会理事、現在の最高責任者。
「どうしました、話の途中で大声をあげて……」
「えっ、えっ……!?」
話が読めてこない。 慌ててハマナは自分の身体を見下ろす。
いつもよりも高い目線。 見覚えのないスーツ。 感じる下半身の違和感。
ごつごつとした指先を確かめると、ハマナは一旦の事態を理解した。
「あ、あの、わたし、この人じゃないんです!
ハマナっていいます! ナナカマド博士の助手で、それで、あの……!」
ふざけているととられかられない言葉を、理事はまっすぐな視線で受け止めていた。
いまいち要領を得ないハマナの説明を辛抱強く聞くと、理事長はにっこりと笑ってうなずき、今は別人のハマナの肩に手を置く。
ハマナはホッとして強張っていた表情を緩める。
しかし、その瞬間は長くは続かなかった。
「それで? パール……じゃなかった、ヴィーナスさんは元々どこにいたの?」
「マーナフィー?」
ラムネ色のポケモンを抱えたまま、プラチナはカヅキに手を引かれて走るパール……もとい、パールの姿をしたヴィーナスに尋ねた。
ステージ上での姿を考えれば彼女はプラチナよりもはるかに年上のはずだが、今の見た目のせいかプラチナの尋ね方はずいぶんとくだけている。
「ワタシ、ステージデ、トテモトテモ大切ナ話シテイマシタ!
ユートピア、イイトコ。 ナノニ、ドシテ……」
「ステージ!?」
慌てて足を止めたカヅキの背中にパール……もといヴィーナスと、プラチナと彼女に抱えられたラムネ色のポケモンがぶつかる。
衝撃でまた入れ替わってしまうのではないかとプラチナは心配したが、さすがにそこまで漫画的な展開にはならずに済んだ。
「てっきり外にいると思って飛び出しちゃったよ。 引き返さなきゃ。」
「フィー!」
プラチナとパール(略)にサンドイッチされたラムネ色のポケモンが抗議の声をあげる。
半透明なヒレをパタパタさせるポケモンをなだめながら、プラチナたちが出たばかりの扉を潜ろうとしたとき、別の方向からただごとではない悲鳴が聞こえ、3人は思わずそちらを振り向いた。
「会長ーッ!? どこに行くんですか、会長ーッ!!?」
「ホー、ホッホー、ホー!」
片足でぴょんぴょんと飛び跳ねながら両手をバサバサと羽ばたかせる老人に、3人の間で嫌な空気が流れる。
「お兄ちゃん、あれって……」
「うん。」
「フィー」
確証とも言えない返答が返ってくると、プラチナはモンスターボールを片手に飛び出した。
こっちは人対人だからまだ話も通じるが、あちらは明らかなパニックだ。
手助けしようとヒコザルを呼び出してからハッと気づいて戸惑うプラチナに、カヅキが後ろからアドバイスする。
「多分、トレーナーつきのホーホーと入れ替わってる! そんなに離れてないと思うから、よく目をこらして!」
「わかった!」
同じことをヒコザルの『キング』にも伝え、プラチナは賑やかしい街の様子に目を配る。
トレーナーのポケモンなら、ポケモンセンターにいるだろうか。 そう考え、プラチナが南の方角へと目を向けると、明らかにポケモンではあり得ない動きをするポケモンの姿を発見した。
見つけた。 いや、見つけてしまった。
そこにいたのは、茶色い夜行性の鳥ホーホーではなく、ピンク色のようせいポケモン、ピッピ。
「アカン! こんなんじゃマサキのこと笑えん!
ちゅーか離して! うちミズキや、あんたのポケモンちゃうの!」
「ピッピ! ピッピ! ピッピちゃーん! ついにボクと心が通うようになったんだね!!」
「たーすけてーっ!!」
人の言葉で助けを求めながら、トレーナーらしき男に絞殺されかけているポケモン。
あんまりな状況に、プラチナは固まっていた。
「……どうしよう。」
もはや自分たちの身に起きたことは、ひとりふたりで解決出来る範囲を超えている。
同じ頃、目の前で起きたあんまりな状況に、ヴィーナスと対峙していた男も動きを停止させていた。
突然彼女が動きを止めたかと思えば、大声の上に早口で何かをまくしたて、男のことなど放っておいて自分の世界に入り込んでしまった。
これが、命の危機というなら、まだ身体も動いたかもしれない。
だけど、不純な顔をして自分の胸をもみしだくヴィーナスを男は扱いかね、戸惑った顔で見つめることしか出来なかった。
「おぉ……おぉっ、すっげー! すっげーボイン! うはー!」
「どうしよう」と、脅し代わりに待機させていた薄紫色のポケモンが振り向くが、そんなこと言われてもこっちが困る。
一旦の危機が去った今、見捨てて行ってもいいのかもしれないが、『これ』を放置して去っていくというのは、さすがの男も戸惑われた。
結果、何もせず目の前のヴィーナスの愚行を観察するハメになっているのだが、そろそろ何か打開策が欲しい。
男が頭を抱えていると、唐突に乱暴に、ステージにつながる控え室側の扉が開かれた。
「レオ、サファイアがミズゴロウと入れ替わっちまった!
金銀ベイビーの18匹目の奴だと思うから、悪いんだけどポケモンセンターに行って引き取ってきて……」
「くぺ」
仲間がやってきても頼りになりそうにない状況に、レオと呼ばれた男は砂の色をした眉をひそめ、薄紫色のポケモンをボールへと戻す。
抱えられたまま長い手足をもぞもぞさせているサファイアを床に転がすと、パンツスーツの女性、ルビーはレオの置かれている別の異常事態に気付き、彼と似たような表情で眉をひそめる。
「……何やってんの?」
背後から聞こえた声と風の流れに、ヴィーナスは自分の胸をもむのをやめると無防備極まりない所作で振り返った。
ルビーの顔を見ると、「あっ」と声をあげる。
「コンテストの!」
「あんた誰? ヴィーナスさんじゃないね?」
同じ喉から発せられているにも関わらず、一言で声の違いを聞き分けたルビーの耳の良さにレオは感心した。
ヴィーナスはいつの間にか自分を取り囲んでいる不穏な状況に気付くと、混乱した視線を周囲へと向けてから、質問してきたルビーの方へと向き直る。
「え、えっと、オレはパール。 世界一のポケモントレーナーを目指してて、ナナカマド博士からポケモン図鑑をもらって旅をしてる最中……」
「くぺぺ?」
ルビーの足元にまとわりついていたサファイアが顔を上げる。
瞬間、ヴィーナスはカメラのフラッシュが焚かれたような顔をして片手で自分の頭を押さえた。
元に戻ったのか、それとも更なるややこしい状況が作り出されたのか。 はかりかねてルビーとレオが視線と視線で相談していると、ルビーがそうしたのよりももっと乱暴に、ホールへと続くロビー側の扉が開かれて何事かと4人はそちらに振り向いた。
「アソコデス! ワタシノカラダ!!」
「早くしてくれ、こんなジジくさい俺のホーホー絶対いやだ!!」
「うおおぉっ、ピッピちゃーん! もっと愛の言葉をささやいてくれーっ!!」
「ちょっとパール! 手伝ってくれたっていいじゃない!」
「パッパー、フィー!」
「私としましては、もう少しこのままでも良いのですがねぇ……」
「重い……」
カモネギもびっくりのカオスが混沌を背負ってやってきた事態に、ルビーとレオはほぼ同時に顔を引きつらせた。
すがりつくようなポニーテールの女性を振り払って壇上に進むと、プラチナはヴィーナスの真正面に立って間髪入れず、頭を引っ叩いた。
「いってーな、何すんだよ!」
「どーせ、えっちなこと考えてたんでしょ! こっちは大変だったんだから!」
当たり。 レオはキンキン声でヴィーナスへと怒鳴るプラチナに心の中で丸印を贈る。
「ワタシノカラダ、ランボウシナイデクダサイ……」
そして、こっちはオロオロしている金髪にオレンジ色の少年。 多分、ヴィーナスと入れ替わった人間だろう。
人の言葉を話すポケモンが2匹、その逆が3人。 無事なのは、ルビーとレオ、それになだれ込んだ集団の中にいる黒髪の男女2人だけだろう。
ピッピ語を話す女性とバタバタ羽ばたこうとしている老人を連れていた黒髪の青年は膝に手を突いて大きく深呼吸すると、壇上のヴィーナスと女の子に向かって張りのある少し疲れた声をあげる。
「とりあえず、入れ替わった人たちを集めたのはいいけど……これからどうしよう?」
「え!? 元に戻せるから来たんじゃねーの!?」
「パールは黙ってて!」
尻に敷かれているヴィーナス姿の誰かを見て、ルビーは苦笑いした。
ふと、その笑い声でプラチナがルビーの存在に気付く。
不思議そうに見開かれた黒い瞳に見詰められると、ルビーは足元のサファイアの頭をなでると彼女に向かって口を開いた。
「おとぎばなしだったらキスで元に戻るっていうのが定番だけどね。」
「えっと……この場合、どっちに?」
「冗談だよ。」
あっさりと理解されて初対面の男女にキスされてもたまらない。 ルビーは早々に訂正すると、入り口近くでごちゃごちゃしている集団へと横目を向けた。
「ワケのわかんない出来事には、大抵ポケモンが絡んでいるものさ。
お嬢さん、何か心当たりはないかい?」
「そんなこと言われても……」
「フィー」
「あっ!」
抱きっぱなしですっかり存在を忘れていたラムネ色のポケモンに、プラチナは今さらながら視線を戻した。
ラムネ色のポケモンは持ち上げられて視線が高くなると、ケラケラとはしゃいでゼリーのような手足をパタパタと揺らす。
「まさか、あんたの仕業?」
「フィ?」
ラムネ色のポケモンはきょとんと目を瞬かせると、するりとプラチナの手を抜け出して床の上に落ちた。
ルビーの足元にまとわりついていた男性がぱちぱちと目を瞬かせ、四つん這いでラムネ色のポケモンへと近づく。
鼻を近づけて匂いをかぐと、男性はじゅるりと落ちかけたつばきをすすり上げた。
それを見ると、ラムネ色のポケモンはびくりと身を震わせ、プラチナの足にしがみついた。
「ヤー! メッ、メッ!」
頭のてっぺんから生えた触手の先から淡い光が放たれると、軽く弾かれたように男性の身体がのけぞる。
軽く尻もちをつくと、男性はぽかんとした顔をしてプラチナを見上げた。
「……ども。」
「おかえり、サファイア。」
声をかけられ、男性はルビーの方に振り向く。
事態が呑み込めていないようで、少しボーっとしていたが、唐突に「あっ!」と声を上げると、男性は立ち上がってルビーの方に顔を向けた。
「アカン! このままやとチビが食われてまう!?
ルビー、ちょっと先ポケモンセンター行って助けてくるわ!!」
「キミドリちゃんだっけ?」
「モエギや!」
慌ただしく出ていく男性の後ろ姿を見つめると、ルビーは「何やってんだか」と、小さく息を吐いた。
茶色い瞳はプラチナを向く。
これで、原因はわかった。 あとは彼女が、あのラムネ色のポケモンをコントロール出来るかどうかだ。
ひとまずの危機が去ってホッと一息ついていたラムネ色のポケモンは、足元からすくうように持ち上げられる。
プラチナの怒ったような顔に、ギクリと触覚が跳ね上がった。
「……あなたの仕業だったのね。」
「マー」
「すぐにみんなを戻して!」
「おい、何も怒鳴んなくたって……」
ヴィーナス姿のパールが、オロオロと視線をさまよわせる。
身をすくませたラムネ色のポケモンは、嗚咽をあげるとプラチナの手の上で泣きだした。
力の抜けたプラチナの手から転がり落ち、ラムネ色のポケモンは床の上で泣き声をあげている。 そのまま、冷たい床の上に、プラチナは膝を突いた。
「だって……だって……」
再び目の端に涙をため始めたプラチナに、パールは何も言えなくなった。
なぐさめようにも、この長い爪の指先では傷つけてしまいそうで触れることすらかなわない。
「……やっぱ、オレはオレの身体がいいな。」
ステージ下から見上げているパールを横目で見ると、パールは泣いているプラチナの膝に目をむけてつぶやいた。
ぐすぐすいっていたラムネ色のポケモンが横を向き、パールとヴィーナスの顔を見比べる。
ラムネ色のポケモンは、自分で自分の涙を拭うと長い触角の先から赤いぼんやりとした光を放った。
パールとヴィーナスの足が同時によろめく。 パールはヴィーナスと同じタイミングで自分の身体を見下ろすと、ステージの上に飛び乗ってプラチナの髪をぐちゃぐちゃにかき回した。
「泣くなよなー! ポケモントレーナーのくせに格好悪いだろ!」
「ナカナイデー」
「あんたのせいでしょ!」
「フィ!」
うやむやになりかけていた怒りの矛先が自分に向いて、ラムネ色のポケモンの触覚がピンと突き立った。
ごしごしと涙を拭うと、プラチナはホールの入り口にいる有象無象を指差す。
「ホラ、他の人たちも元に戻しなさい!」
「マーナ、フィー」
プラチナの指先の先に視線を向けると、ラムネ色のポケモンは触覚から赤い光を放つ。
すると、バサバサと羽ばたいていた老人が階段から転がり落ち、ポニーテールの女性が自分の身体を抱きしめ、飛び上がれずにいたホーホーがホールの中を所せましと飛び回った。
その様子を見て、安堵の空気がホール中に広がった。
ホッと息をつくとプラチナはラムネ色のポケモンのぷにぷにした体を指先でつつき、つり上がった眉毛を向けて見せる。
「いーい? 今後、むやみに人やポケモンを入れ替えるのは禁止!」
「キーシ?」
「やっちゃダメってこと!」
「メ、メ! ター!」
楽しそうに腕のヒレを振るラムネ色のポケモンに、パールが頭をかく。
「わかってんのか、こいつ……?」
「まあ、ひとまずは解決したんだし。」
ずっとポケモン入りの人間を押さえつけ疲労していたカヅキは苦笑した。
そぞろ退出していくトレーナーたちの背を見送ると、ホールの壁に背を預け、ステージから降りてきたプラチナとパールを迎え入れる。
まとわりつく子供たちの肩を軽く叩くと、カヅキはホールの入り口からステージに向かって軽く頭を下げた。
「それじゃ、ヴィーナスさん、レオさん、ルビーさん、お騒がせしました!」
「あぁ、お疲れ。」
ステージ上のルビーがカヅキに手を振り返す。
ぱたりと分厚い扉が閉められると、今まで騒がしかった分、ホールの中は不気味なほどの静寂が3人を飲み込みかけていた。
ヴィーナスの出す衣擦れの音がかろうじてそれを阻止している。
「……オハナシ、コンドニシマショ。」
「そうだな、今日は騒ぎすぎた。」
「When I meet next, it wants to be your friend.」
「Don't talk nonsense.」
クスクスと笑い声をあげると、ヴィーナスは隠し持っていたモンスターボールを床に打ち付け、その閃光を目くらましにルビーとレオの前から姿を消した。
奈落の穴が開いている。 チッと舌打ちすると、レオはルビーに横目を向ける。
「追うか?」
「いや、彼女はいいよ。 それよりさっきの黒髪の男。」
レオがうなずくと、砂の色をした髪が揺れ、彼の白い肌にぶつかった。
足を組み替えたルビーが、ハイヒールの音を鳴らす。
「……話を聞く必要がありそうだね。
あたしは予定通りアヤコさんのところに行くから、レオはポケモンセンターに行ったサファイアと合流してあの人捕まえといて。」
「わかった。」
「穏便にねー。」
薄紫色のポケモンをボールへと戻し、風のようにかき消えたレオの背中にルビーは言葉を送った。
その場から人の気配が消えると、コツンコツンと音を鳴らし、自らもステージから控え室の方向へと向かっていく。
「消えた伝説のトレーナーと、その証言者……か。」
誰に聞かせるでもなく、ルビーはつぶやいた。
ステージの脇には本番に備えて身支度を整えるための、全身を映せる姿見が置かれている。
瞳の端でそれを捉えると、横目で見る自分の姿は歪んで映っているようにも見えた。
「さて。」
手ぐしで乱れた髪を直す。
ぼやぼやしていたら、貴重な伝説のコーディネーターにさえ逃げられてしまうかもしれない。
ルビーは服のエリを正すと、少しでも早く進めるよう大股でアヤコのいる控え室へと歩き始めた。
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