「パール、ウラヤマさん家に行こ!」

「は?」
薄曇りの空を見ながらの朝食も終え、ギョクの背中の葉っぱの手入れをしていたパールは、どこからともなく現れたプラチナの言葉に目を見開かせた。
彼女の手の中には、どこで買ったのかヨスガ近郊のガイドブック。
2人分の広さがあるソファの隣に腰掛け身を乗り出すと、プラチナの肩から長い髪が落ちて細い首を隠す。
「ママがね、あの青いポケモンのことウラヤマさんの家にある本の中で見たことあるって!
 ガイドブックにも書いてあるけど、ウラヤマさん家ってここからそんなに離れてないみたいだし、ね、行こうよジュンちゃん……じゃなくって、パール!」
言い直したプラチナにパールは横目を向け、スカートの下から覗く太ももが視界に入ってしまい慌てて目をそらした。
「な、なんでプラチナが知らないようなポケモンのこと、アヤコおばさんが知ってんだ?」
「だーって、ママってば世界一のトップコーディネーターなんだよ!」
理屈になっているような、なっていないような。 背を向けたままパールが考え込んでいると、突然後ろからマフラーを引っ張られ、首が絞まった。
バランスを崩したパールの突いた手がプラチナの足に触れる。
「えっち!」
「い、今のはプラチナが引っ張ったからだろ!?」
「じゃあ、カシツソーサイでパールが荷物持ってよ。 あたし、帽子買ってくるから9時に入り口に集合ね!」
「はあ!?」
『ウラヤマさん家』に行くことも、そこにパールが同行することも、彼女の荷物を持つことも強引に決定されてしまった。
部屋へと駆けていくピンク色のスカートが見えなくなると、呆然としていたパールはようやく我を取り戻し、いつもの言葉を叫んだ。

「……なんだってんだよー!?」



『ウラヤマさん』こと浦山 椎太郎は、かつてポケモンバイヤーとして名をはせた実業家で、今は引退し、ヨスガシティの郊外に一軒家を建てそこで暮らしている。
一軒家とはいえ実業家であったウラヤマさんの家はいわゆる豪邸で、身寄りも家族もないウラヤマさんはその家を昼間一般に開放し、そこでやってきた人たちと茶など飲み交わしながら過ごすのが楽しみなのだそうだ。
プラチナ、もしくはダイヤの母、アヤコは昔、ポケモンコーディネーターとして「ブイブイいわせてた頃(アヤコ談)」ヨスガシティで開かれたコンテストに出場し、そこでウラヤマさんの家に招待されたそうだ。
中は種々雑多な調度品でごった返し、外観は家というよりはちょっとした城のようだったと彼女は言っていたが……言われてみればなるほど、ヨスガシティを出てしばらくすると、左手の景色にバラのツルが囲った壁が延々と続くようになった。
時折風に乗って飛んでくる花の香を小さな歌で吹き飛ばしながら先を歩くプラチナの、肩の先から青いポケモンの触覚がぴょこんと覗いている。
鼻歌に合わせ揺れる触覚を横目で見ながら、パールは頭の後ろで手を組んだ。
「……でもさ、なんでそのウラヤマさん?が図鑑にも載ってないポケモンのことを知ってんだ?」
パールが尋ねると、プラチナは長い黒髪を揺らしながら振り向いた。 その頭にはさっき買ったばかりの白いニット帽が乗っている。
「だってポケモンバイヤーって、ポケモンの生態に詳しくないと出来ない仕事だもん。
 お客さんがどんなポケモンを欲しがるか分かんないし、買ったポケモンの育て方を知らないことだってあるじゃない?
 教えているうちに詳しくなったんだ……と、思うよ。」
「思うって……」
後ろ向きに歩くプラチナの腕の中で、青いポケモンがケラケラと笑った。
自分の話をされているのにのんきなものだと、パールがふくれっ面で睨んでも意に介する様子もない。
パールのイメージの中では『ポケモンバイヤー=違法に捕まえたポケモンを売りさばく悪い人』だったので、そんな人物がポケモンに詳しいと言われてもいまいちピンとこなかった。
そんなパールの様子をプラチナは少し前かがみになって覗き込むと、くるりと身体を前に戻し、行く先に鼻を向けてから話を続ける。
「テレビや新聞じゃあんまり紹介されないけど、バイヤーっていろんなところで活躍してるのよ。
 ナナカマド博士みたいなポケモン研究者に研究対象のポケモンを育ててくれる牧場やブリーダーを紹介したり、トレーナーが手放したポケモンを引き取って育成所や野生に返すための施設に預けたりね。
 だから、ある意味バイヤーはポケモン博士より顔が利くの。 研究者じゃいちいち1つずつのポケモンセンターを回って話を聞いたりはしないし……」
「じゃあ、オレのギョクやキングも?」
「そうそう。 ズイタウンのポケモン牧場で育ててもらって、送り迎えもポケモンバイヤーに頼んだトレーナーさんにしてもらうの。
 まあ、ギョクたちはあたしのパパが迎えに行ったらしいけどね。」
『売る→買う』の単純公式でしか出来ていなかったパールの世界ではその仕組みを理解するのに少し時間がかかった。
考え込んでいるとプラチナからまた補足説明が入り、青いポケモンが茶々を入れる。
そうして大理石の門にたどり着くまでにパールが出した結論は、

仲介業者は儲かるんだな、ということだった。





「そう!
 ワタシがどんなポケモンでも知っている、世界一の大富豪ウラヤマさんなのですヨ!」
実際のところ国内の大富豪ランキングでは3ケタ台らしいが、そんな自慢と家の内面を見る限り、前情報なしで来てみたら思わずうなずきたくなるほどの豪華さだった。
見えないほど高い天井に、プラチナが思わずスカートを押さえるほどツルツルに磨かれた床。
贅の限りを尽くしたと表現するにぴったりの豪華な屋敷は、あまり利便性に長けているとは思えなかった。 具体的にはトイレがどこかわからない。
屋内であるにも関わらずばしゃばしゃと水音を立てる噴水を背にウラヤマさんは大きな腹を見せると、プラチナが抱いている青いポケモンをじろじろと見て「ほほう」と感嘆の息を漏らした。
「……して、それがマナフィかね。 ワタシも実物を見るのは初めてだ!
 うらやましい、うらやましいなぁ!」
「マナフィ……この子、マナフィっていうんですか?」
「マナフィ、マナフィー!」
呼ばれたのと同じ鳴き声を発しながら、青いポケモンはもがくようにばたばたと青いヒレを動かした。
「そう、このポケモンはマナフィ!
 伝説で『蒼海の王子』と呼ばれる幻のポケモンなのです!」
「幻って……いるよな、目の前に。」
「おりますね、幻が。」
「フィー。」
プラチナの腕を抜け出すと、マナフィはぺたぺたと床を這うように進んで噴水の中に飛び込んだ。
水に溶けて見えなくなった姿を探すと、てんで芸術性のない水鉄砲がパールの顔を濡らし、顔を出したマナフィがキャッキャと笑う。
はっは、と、わざとらしい笑い声をあげると、ウラヤマさんは見せたいものがある、と、パールとプラチナを家の奥へと招き入れた。



ヨスガシティは西と東と南、3つの方角に向かって大きな道が伸びている。
ダイヤとパールが通ってきた西へと続く山道が208番道路、広大なウラヤマさんの邸宅……通称『ポケモンやしき』を抱える南側の道路が212番道路。
そのどちらでもない、ズイタウンへと向かって東から北へと続く川沿いの道、209番道路をカヅキは進んでいた。
プラチナたちのことは気がかりだが、あくまで自分は仕事でシンオウ地方へと来ている身だ。 与えられたミッションを確実にこなしていかなければならない。
「とはいえ、手がかり……なさすぎだよなぁ。」
「ぴきゅ?」
ようやくレンジャーユニオンの許可が下りて一緒に行動出来るようになったカヅキのパートナーポケモン、おうえんポケモンのマイナンが疑問の目を向ける。
目印と防寒を兼ねてマイナンの首に巻いたスカーフを指でなで、カヅキは自分のキャプチャ・スタイラーからモニター画面を呼び出した。
「『シンオウ地方に伝わる伝説、『海のタマゴ』を保護せよ。
 ミッション終了後、すみやかにタマゴのトレーナーとなる人物を探し出し、その行き先を見届けること。』」
「ぴっきゅきゅ?」
マイナンは首をかしげた。 それだけ聞けば、いつもカヅキがやっているのと大きくは変わらない、普通のミッションだ。
大きくため息をつくと、カヅキはキャプチャ・スタイラーの画面を閉じる。
「で、肝心の『海のタマゴ』の詳細。
 一切ナシ、画像すらない。 はっきり言ってお手上げ。」
「!!」
そりゃ無茶振りだ、と、マイナンは驚いて見せた。
名前だけであるかどうかも分からない代物を探せと、元の職場から遠く離れた土地に飛ばされてきたわけだ。
考えようによっては左遷ととらえてもおかしくはない。

「それで、これは聞いた話なんだけど、この先のズイタウンにあるポケモン牧場でよくタマゴが見つかるらしいんだ。
 ポケモンのタマゴ自体、謎が多いし、タマゴをたくさん扱っているそこなら何か手がかりが得られるかもしれないと思ってさ。」
「ぴきゅ。」
「あ、そんなこと言っている間に……ほら。」
カヅキの指差した先から1粒の点が近づいてきた。
地を裂き風を裂き炎を吹きあげてやってきたそれは、音を超えた速度でカヅキの横を通り過ぎて行くと、金属のきしむ音をあげながらアイターンして北に向かって行った。
振り返ってそれが向きを変えた場所を見ると、無数の色をつけながらあちこち削れた岩の近くに、壊れて放置された自転車がいくつか積み重なっている。
「ズイタウン名物のタマゴ族……孵化廃人っていうんだって。 あのスピードはマッハを超えるらしいよ。
 いつも同じところを往復してるそうだから、タイヤの跡があるところには近づいちゃだめだよ。」
「ぴきゅ。」
マイナンがうなずいた直後、光を切り裂いてカヅキの横を通り抜けた自転車が岩にぶつかり、この世のものとは思えないような音をあげた。
慌ててカヅキが振り返ると、例のターン場所にある岩のそばに新たな元自転車のスクラップが1台分。
炎ポケモンのマグマッグと、その近くでうずくまっているトレーナーらしき男性にカヅキが近寄ろうとした瞬間、もう1つ岩の壊れる音がして、カヅキは立ち止った。
ブーツ越しにマイナンが警戒した目を向ける。
6時の方向に、粉々になった岩と、それをしたポケモンとトレーナーがいる。

「動くな。」
身の固まったカヅキの前を、起き上がって新しい自転車に乗り換えたタマゴ族が通り過ぎて行った。
相手から発せられる殺気にマイナンがうなり声をあげる。
「話がある。
 俺についてこい。 拒否した場合、手段は問わない。」
低い男の声。 カヅキは生唾を飲み込み、周囲を確認した。
前方は開けている草原と少しの荒れ道、その向こうにはロストタワー。 後ろは、川に沿って作られた桟橋の道だ。
カヅキは決意した。 彼の意をくみ取ったマイナンが顔を上げてうなずくのと同時に、カヅキは腰のホルダーからキャプチャ・スタイラーを引き抜く。
「マイナン、『でんじは』!!」
甲高い声をあげて飛び上がったマイナンが相手のポケモンがいる方向に向かって黄色く光る電撃をまき散らす。
攻撃を受けた相手のチャーレムはひるむこともなく、仕掛けたマイナンの方へと突っ込んできた。
そこにモノクロの鳥が間に入り、チャーレムに向かって『ふきとばし』を放つ。
「キャプチャ・オン!」
空へと舞い戻ったムクバードを見送るのと同時にカヅキは次のポケモンを確保する。
動きの鈍ったチャーレムの顔に、緑色のペンキのようなものが叩きつけられた。
驚いたように男が攻撃の先に目を向けると、ドーブルが1匹、まるで逃げるように草むらの中へと駆け戻って行く。
「Go back ‘Crecent’! ‘Hunter’ chase him!」
細かい石を巻き上げながら、呼び出されたフライゴンは浮き上がる。
地面を蹴って飛び上がろうとした瞬間、大きな水音とそのしぶきが降りかかり、フライゴンは悲鳴を、男は反射した光に目を細めた。
男たちの前に立ちはだかったのは、体長6メートルを超す、きょうあくポケモンのギャラドス。
巨大な身体が動き、ウロコとウロコがきしんだ音をあげると男たちの表情が引きつった。
フライゴンを睨みつけたギャラドスが、喉の奥に『はかいこうせん』を集束させていく。
「‘カナ’、『まもる』ッ!!」
緑色の防壁が完成するのと同時に、『はかいこうせん』がその周囲一帯を吹き飛ばした。
口から煙をあげるギャラドスが緑色の防壁に覆われた男とフライゴンを睨むと、後ろから駆け寄ってきた別の男がギャラドスに向かってぺこぺこと頭を下げる。
「いやいやいや、ちょい待ってーな! ギャラドス、ワシらあいつともあんたとも戦うつもりないねん!
 誤解させて悪かったわ! 今日のところはこれで帰ってくれひん?」
「くぺ。」
駆け寄ってきた男と一緒に現れたミズゴロウが、バスケットの中からポケモンのおやつ、ポフィンを取り出すとギャラドスの口に投げ入れた。
ギャラドスは身体に対して小さすぎるそれをもぐもぐと咀嚼すると、おかわりとばかりにミズゴロウよりも大きな口を開く。
ミズゴロウがバスケットごとポフィンをギャラドスの口に投げ入れると、ギャラドスは口の中をバキバキいわせながら満足そうに帰って行った。
大きな後ろ姿が見えなくなると、後から現れた男はフライゴンを連れた男の後ろ頭をパーで引っぱたく。

「話し相手脅してどーすんねん!? ワシら完ッ全に不審者になってもーたやないか!?」
「しかし、ルビーは黒髪の男が話し合いに応じなかった場合、手段は問わないと……」
「相手が攻撃してきた場合や! あれじゃまるで誘拐犯やないか!」
はあ、と、大きなため息をつくと関西弁の男は目つきの悪い男からボールをひとつ取って、先ほどのチャーレムを呼び出した。
「なあ、クレス? あれはないわなぁ?」
関西弁から受け取った『クラボのみ』を口に含みながら、クレスと呼ばれたチャーレムはうんうんとうなずいた。
目つきの悪い男が横目でフライゴンを見ると、彼女もまた関西弁に同意し、こくこくとうなずいている。
「そんなに悪かったのか……」
「最悪や。 今から行ってもまた逃げられるやろうから、一旦ルビーたちのいるヨスガに戻ろか。
 ちょい、気になることもあったしな。」
「?」
「多分、ルビーも気付いとるとは思うけど……」
バンダナにも見える帽子の下をかきながら、関西弁はそう言ってヨスガへと続く桟橋の道を引き返す。
淡い緑色の藻が生える水の上を、1匹のコイキングが跳ねた。





その頃、プラチナとパールがいるウラヤマさんの屋敷では使用人が竹ぼうきの取っ手を逆さに持ち、黒いポケモンを追いかけていた。
「もう! あの食いしん坊、今日はどこに逃げたのかしら!」
真っ黒なダルマに毛が生えたようなポケモンは、屋敷の中央でばしゃばしゃと音を立てる噴水の影に隠れると、台所から持ち出したフルーツを1つ頬張った。
噴水をはさんだポケモンの反対側を、竹ぼうきをもったメイドが通り過ぎて行く。
もう1つ、籐カゴにのったぶどうを大口を開けて頬張ると、ふと視線を感じポケモンは後ろを振り返った。
「トー、トー、マナフィモー。」
噴水から顔を出した青いポケモンが、黒いポケモンを覗き込んで濡れたヒレをぺちぺちと石の上に叩きつけている。
黒いポケモンは首をかしげた。
見覚えのないポケモンだ。 少なくとも、この屋敷のポケモンではない。
カゴを抱えたまま動きを止めている黒いポケモンの頭をぺちぺちと叩くと、青いポケモンはふわりと顔を上げた。
ニンゲンがいる。 青いポケモンの動きにつられ、黒いポケモンも後ろを振り返る。
もう暑くなってきているというのに、その老人は銀色をした詰め襟のコートを着ていた。
青いポケモンが「ぷ?」と疑問の声をあげると、唐突に老人は高笑いをはじめ、地球を包み込むほどに大きく腕を広げる。
「ふは、ふはははははは!! 甘い、甘すぎるぞポケモントレーナー!!
 幻とも呼ばれるマナフィを無防備に池の中で遊ばせておくとは!」
「トー、チョーダイ?」
噴水から顔を出したマナフィがヒレでカゴの中を指し、ようやく黒いポケモンはマナフィが言っている意味を理解した。
少し嫌そうな顔をしたが、マナフィが指しているのがカゴの底に残っていたぶどう1粒だということに気付くと、不器用にカゴの底から粒を取り出し、ベタベタの手でマナフィにぶどうの粒を渡す。
「このポケモンのことは、ギンガ団のボスすら気づいていない!
 捕えて海の力を発揮させれば、ゴーゴー団は復活できる……息子たちも戻ってくるに違いない!」
「フィ、フィ! トー、スキ!」
ぺたぺたしたヒレでぶどうの粒を受け取ると、マナフィは小さな口を大きく広げる。
途端、身体が浮き上がり、半分口の中に入っていたぶどうをマナフィは落っことした。
「フィ!?」
「さあ、マナフィよ! 蒼海の王子と呼ばれたその力、今こそ私に見せるのだ!!」
「フィー!」
銀色のコートを着た老人の姿を視界に入れると、マナフィは頭の先についたアンテナを赤く光らせた。
老人の動きが止まり、その隙にマナフィは噴水の中へと飛び込む。
マナフィを持ち上げた体勢のまま固まっていた老人は自分の身体を見下ろすと首をかしげ、その直後、すぐ足元で悲鳴があがった。



……見せたいものがあるというから何かと思えば、要はコレクションの自慢話だった。
この手の老人にはよくあることである。 半ばあきらめ気味の気持ちでプラチナとパールはウラヤマさんの話を聞いていた。
「……つまりですな、色違いというのは遺伝ではなく確率的に発生するものであり意図的に探し出すのは不可能とも言われておるのです。
 しかしながら、なぜかギャラドスに限っては色違い種が多数確認されており、その一方で進化前のコイキングは、ある種、幻とも言える……」
「なあ、プラチナ。 今さらだけどあの青いポケモン置いたままでいいのか?」
「うーん、そう言われると不安だけど…… あの噴水が気に入ったみたいだし、一応ここ、お屋敷でしょ?
 盗む人なんていないんじゃない?」
「ですので! 実際に実物を見て作られたこの金のコイキング像はとても珍しいと言えるのです!
 どうです、うらやましい、うらやましいでしょう?」
「あー、はいはい。」
「スゴイデスネー。」
おざなりな拍手をプラチナが送った瞬間、屋敷のエントランスの方向から低い悲鳴が聞こえてきた。
ぬああ!とか、うおお!とか、そういった類の。
プラチナとパールは顔を見合わせると慌てて噴水のあるエントランスの方向に向かって走り出した。
むやみに広い廊下を抜け、大理石で覆われた白いエントランスへと到着すると、その中心にある噴水のそばに銀色のコートを着た白髪の男性が、そのそばで水の中から顔を出したマナフィがわんわんと泣いている。

「あいつか!」
「マナフィ!」
パールとプラチナが駆け寄ると、マナフィはプラチナの存在に気付いて水から飛び出したびしょ濡れの身体を思い切りぶつけてきた。
黒いポケモンを連れた男はそれを横目で追うと、床に転がった籐で作られたバスケットを拾い、果物だらけの中身を目の前で揺さぶる。
胸元にある『G』のマークにめざとく反応したのはパールだった。
「あーっ、ギンガ団!
 ってことは、お前がマナフィを盗もうとしたんだな!」
「げ?」
続けて、プラチナが老人の顔を見て悲鳴をあげた。
「あーッ! このおじいさん、ハクタイシティで襲い掛かってきた人!!」
「なんだって!? じゃあ、やっぱり悪いやつだな、こいつ!」
「な、何の話だ、私はお前なぞ知らん!」
声のした方角に疑問を感じ、モンスターボールを構えたままプラチナとパールは停止した。
ポケッとした表情で2人を見つめている老人の足元で、黒いポケモンが喋っている。

「私はネプチューン! いずれ世界一の富豪となる男だ、覚えておくがいい!」
やたら態度の大きい『ポケモン』に、下にした視線を動かさないままプラチナとパールは口をつぐむ。
初めてではないから、状況は理解できる。 でも、心が入れ替わる対象がギンガ団だというのは、想定外だった。
パールは左手を持ち替えてポケモン図鑑を起動させるが、ポケモンの名前が出てこない。
「ゴンベよ。 カビゴンの進化前で、普段はミツハニーが集めた蜜を狙って木に現れるの。
 たまに巣のついた木ごと食べちゃうこともあるくらい、大食らいなの。」
「詳しいな、プラチナ。」
「そりゃあ、博士の助手ですから。」
「違う! 私はポケモンなどではない! 私はギンガ団の……」
「お前ちょっと黙ってろよ。」
呼び出されたギンに翼で脳天を叩かれ、ネプチューンと名乗った黒いポケモン、ゴンベは頭を抱えうずくまる。
プラチナたちに追いついたウラヤマさんが喋るポケモンを見て目を輝かせていた。
恐らくこのネプチューンと全くの同一人物ではないだろうが、プラチナの襲われたという証言と先ほどからの発言の攻撃性を考えると、今すぐ元に戻したら恐らく、自分たちが危ない。
プラチナもそれを分かっているのか、ヨスガのときと違い、積極的にマナフィを叱ることはしなかった。
後ろにいるネプチューンの身体がひっくり返したカゴの中から、バナナが落ちてゴンベの頭にぶつかる。
床に落ちたそれを見ると、パールは「よし」と自分のひざを打った。
目をパチパチさせているプラチナを背中の後ろに隠すと、既に出ているギンのボールを握り、ゴンベに向かって向き直る。


「ギン、『でんこうせっか』だ!!」
よしきた、とばかりに大きく羽根を振ったムクバードの身体が、ゴンベの長くて黒い毛の中に突き刺さった。
衝撃で尻もちをついたゴンベは訳も分からず、パールへと視線を向ける。 無邪気に笑う少年の姿は、悪魔にも見えた。
「な、何をする!?」
「何って、お前をゲットするんだよ。 ギン、『つばさでうつ』!」
反応する間もなく、ゴンベの首元を灰色の翼が打った。
ゴロゴロとゴンベが転がると、長い毛の下に隠されていたガラクタがゴロゴロと転がり落ちる。
キラリと光るものを見つけ、ゴンベの姿をしたネプチューンはハッと顔を上げた。
「あれは! 『きんのた……」
「行け、モンスターボール!!」
眼前に迫った球体に、ネプチューンの時が止まった。
「ま……ッ!?」
小さな球体に身体が吸い込まれ、固い音を立てて大理石の上を跳ねる。 ガタガタと震えるそれを、パールは息を止めて見守っていた。
カチリと音が響き、図鑑に新しいポケモンが登録される。
息を止めたまま、パールはボーっと立っている老人へと目を向けた。
老人はパールのことに気付くと、「ぼえ?」と首を傾げる。
思ったとおりだ。 パールはモンスターボールを拾い上げると、キリキリとスイッチ近くのツマミを回し、捕まえたばかりのゴンベを自分の前へと呼び出した。


パールのものになったゴンベはボールから呼び出されると呆然と人間3人を見渡した。
「とりあえずニックネームは……『トキン』でいいか。」
「トー!」
プラチナの腕の中でマナフィがヒレを上下させる。
「ど、どど、どういうつもりだ! なぜ私がモンスターボールなどに!!」
「いや、マナフィのやつ、ヨスガシティでも人とポケモンを入れ替えてたんだけど、野生か人のポケモンかって関係ないみたいなんだよな。」
「でもパール? こんなの捕まえてどーすんの?」
「スンノー?」
プラチナに『こんなの』呼ばわりされたゴンベこと『トキン』は怒りで体を震わせる。
ネプチューンがゴンベの目から見たパールの表情は、まさに悪魔の笑みだった。
「いいこと思いついたんだよ。 ボールに入っちゃえばポケモンはトレーナーに逆らえないだろ?
 こいつからギンガ団の情報引き出して、やっつけちまおうぜ! やられっぱなしっていうのもむかつくじゃねーか!」
「あ、それいい!」
「フィー!」
「なな、なんだと!」
ネプチューンの心が入ったゴンベは慌ててパールから逃げ出そうと走り出した。
だが、ピコピコというアラーム音が鳴ったかと思った瞬間、黒い体は前につんのめり、顔面から大理石の上に激突する。
「あ、トキンの行動範囲、半径5メートルに設定しといたからな。」
「むう、喋るポケモンをゲットとはうらやましい、うらやましいなぁ。」
子供とは時に、残酷なことを思いつくものである。
ほったらかされたネプチューンの身体が、床に落ちたバナナを拾って丸のみする。
喉に詰まって目を白黒させている彼を横目に見ながら、トキンは冷たい床に着いた拳を握りしめた。

「じゃあ、まずはアジトだな! おい、トキン。 ギンガ団のアジトはどこにあるんだ?」
「答えるわけないだろう! 私を解放しろ、元の身体に戻せ!」
「ごべー。」
最後のリンゴを食べ終えた老人が両腕を高く上げると、胸ポケットに入っていた携帯電話が都合よく落ちた。
チカチカと着信ランプが点滅するそれにトキンが「あっ」と声を上げるないなや、パールはそれを拾い上げて画面を確認する。
「『ギンガのS・U・N及びそれに付き従う星たちよ。
 次の作戦が決まった。 ノモセとナギサの中間、リッシ湖Aポイントに集まるべし。』」
「……ふーん?」
「ち、違う! これはギンガ団とは関係ない個人的なメールで……!」
「ほー?」
プラチナはウラヤマさんにマナフィのことを教えてくれた礼を言った。
まだ、少し話し足りなそうだがウラヤマさんは大きなゲップをするネプチューンを横目で見ると、名残惜しそうにハンカチを振る。
「やめろおおぉっ!!」
「関係ないんだろー? だったらいーじゃねーか。」
ネプチューンの方はポフィンで釣ったら簡単についてきた。
屋敷の中にトキンの叫び声が響く。
しばらくパールは好きなようにさせていたが、少し進んだところで出しっぱなしにする必要がないことに気が付き、トキンはボールの中へと戻された。


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